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●追求三昧 by 百瀬直也● - 超常現象研究家・地震前兆研究家が何でも追求するブログ

超常現象研究家、地震前兆研究家、ライター、「探求三昧」ブロガーの百瀬直也が世に隠された事項を深く追求する第二のブログです。

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褌祝(ふんどしいわい)と伯母との結婚
この記事には、18禁の(?)内容が含まれているので、ご注意ください。
今日、天皇の系図を調べていて、「伯母との結婚」という事例が何度か出てきた。
それで、褌祝のことを思い出した。
今日は、そのことについて書くことにする。
褌祝(ふんどしいわい)というのは、成人男子の通過儀礼だった。
だが、そこには性教育も兼ねた要素もあった。


日本の一部地方、特に西日本では、「褌祝(ふんどしいわい)」、「へこ祝い」などと呼ばれる風習があった。
東日本でも、長野県、千葉県、茨城県などで見られるという。
男児が、十代前半のある年齢に達すると、成人に達したことを祝い、褌が贈られる。
褌は、母方の伯母か、いない場合は父方の伯母、それもいない場合は、母親か姉妹が贈るものとされた。

性教育の場

成年に達した男児は、布1反と米か、または餅か酒を伯母の家に持参する。
その布を伯母が褌に仕立てて、男児を裸にして、褌の締め方や使い方を教え伝えて、祝の杯を交わす。
一部の地方では、褌祝は、子供に性技の作法を伝える性教育の儀式でもあった。
というか、元々はそれが本来の目的ではなかったかと推測する。
伯母など、ふんどしを贈る女性が、裸にした男児に対して、性の手ほどきをしたわけだ。
Wikipediaの「褌祝」の項では、「それ以前では、母親が直接の相方となっていたようだが、近親相姦のタブーが広まったことから、母方の姉妹、血族以外の女性と変遷したようだ」とある。
近親相姦のタブーが広まったというのは、いつごろのことを言っているのか。
さすがにインセスト(近親相姦)のタブーを破るのはまずいということで、母親から伯母に移っていったのだろうか。

伯母(叔母)との結婚

避妊などしなかった時代では、伯母(叔母)とそのような行為をした結果として、子どもが生まれることもあっただろう。
その場合、伯母が独身だったら、そのまま結婚というケースもあったのではないか。
今日、本の執筆のために天皇の系図を見ていたが、天皇などが叔母を娶ることも少なくなかったようだ。
そのことからしても、そう推測するのだ。
例を挙げると、神武天皇の父のウガヤフキアエズ(鵜草葺不合命・盧茲草葺不合尊)は、自分の育ての親であり伯母であるタマヨリビメ(タマヨリヒメ、玉依毘売命、玉依姫尊)を娶った。
伯母に育てられて成人していくうちに、自然と男女の中になったのだろうか。


池田弥三郎の『性の民族誌』によれば、長野県では、この風習が「十三ふんどし」と呼ばれたという。
長野県のどの地域とまでは書いていないが、うちの先祖(諏訪)もやっていたのかもしれない。


神武天皇の皇子の綏靖天皇も、神武天皇の皇后の妹君だった伯母のイスズヨリヒメを皇后としている。
同じ神武天皇の皇子のタギシミミ(手研耳命)に至っては、神武天皇崩御の後で、父の皇后だったヒメタタライスケヨリヒメを妻としている。
井本英一の『王権の神話』によると、このような先王の妻妾をその子が所有するという例は、王権神話や王家の歴史によく見られるという。
実母との性的交渉はタブーとされたが、「継母」とのそれは自由だったと。


伯母を娶るということは、王位継承権を得るという意味もあった。
「タギシミミの反逆」には、そのような目的もあったのだろう。
井本英一によれば、伯母と結婚するということは、「伯母の霊力」を得るという意味もあったという。
また、池田弥三郎は、タマヨリヒメ以来、第一の正式の妻は男性にとっては、年上だったと言っている。


伯母との結婚の例は、聖書にも見られる。
また、レヴィラート婚も両者に共通して見られることも興味深い。
これは、ある男性が死亡した後で、その妻を男性の兄弟が娶る風習だ。

逆ふんどし祝い

男児に対する性教育の場はあっても、女児に対するそれはなかったのか?
いや、ちゃんとあったようだ。
池田弥三郎によると、紀州の勝浦では、娘が13〜14歳になると、老人を頼んで「女にしてもらう」風習があった。
その礼として、老人に米と酒と桃色の褌を贈ったという。


また池田弥三郎の上掲書では、民俗学のフィールドワークで、ある村に行った時の話が書かれている。
その村で老女に聞いたところによれば、その女性は結婚前に仲人に「手ほどき」を受けたという。
仲人の家に連れて行ってくれた母親は先に帰ってしまい、昼日中に「恥ずかしかった」と語っている。
池田弥三郎氏(1914-1982)の存命の時に、まだそのような経験をした人がいたわけだ。
そのような仲人が性の指導に任じた民俗は、多く収集されているという。


古代の日本には歌垣のような風習もあり、性に対して非常におおらかだった。
アジアの農耕民族では共通して見られることかもしれないが。
少なくとも、性に対する誤った罪の意識をもつ必然性がなかった。


現代では、性教育の必要性が問われてはいるが、そのノウハウを教えてくれる人は誰もいない。
AVなどから誤った知識を得たりすることも多いだろう。
その意味では、昔の方が良かったかもしれない(?)。
今の女性だったら、ぜったいにイヤと言うかもしれないが。


【参考文献】
博覧強記な学者です。

王権の神話

王権の神話

性の民俗誌 (講談社学術文庫)

性の民俗誌 (講談社学術文庫)

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